この8項目の中で特に5が個人請求権に関するものです。
【韓国の対日請求要綱】(日本の外務省公開文書より)
5.韓国法人又は韓国自然人の日本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。
(1)日本有価証券 (2)日本系通貨 (3)被徴用韓人未収金 (4)戦争による被徴用者の被害に対する補償 (5)韓国人の対日本政府請求恩給関係その他 (6)韓国人の対日本人又は法人請求 (7)その他
これらは当時の日本の法令などに基づく未払い賃金や預貯金などの財産に関連するもの、また戦傷病者戦没者遺族等援護法における障害年金など、日本の法的根拠のあるものに限られていました。(4)の『戦争による被徴用者の被害に対する補償』というのも、日本の法律だった国民徴用令に則って補償金を受け取る資格があるという主張です。
この8項目については合意議事録のなかで完全かつ最終的に解決されたとし、いかなる主張もできないとされました。
ところが、この8項目の請求は、全て日本の植民地支配を合法とした前提のうえでなされたものです。今回の大法院判決では、植民地支配自体が違法だったとしており、その前提が異なっています」(吉澤文寿氏)
Q. 国交正常化交渉では、植民地支配について議論されたのか?
「日本は、ビルマ(1955年)、フィリピン(56年)、インドネシア(58年)、ベトナム(60年)の4カ国と賠償協定を結び、戦争賠償を行いました。韓国との国交正常化も一連の流れに沿ったものであるものの、日本は韓国に対しては植民地支配を合法的に行われたものとして過ちとは認めず、賠償という形にはなりませんでした。
53年の日韓会談に参加した久保田貫一郎外務省参与が、『日本の朝鮮統治は必ずしも悪い面ばかりでなく、良い面も多かった』『日本が進出しなければロシアか中国に占領されていただろう』と発言し、韓国側の怒りを買って会談が決裂したことを見ても分かる通り、日本側は一貫して植民地支配に対する謝罪はしませんでした。条文のなかにも謝罪や賠償については明記されていません。
日韓基本条約の第二条に『千九百十年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される』という条文があります。この『もはや』という表現には、『以前は国際法上有効だった』と解釈する余地が残されています。つまり、当時の日本の植民地支配が合法であったとする日本側と、不法であったとする韓国側とで異なった解釈をし得るあいまいな条文になっているのです。結局、植民地支配を巡る認識については決着することなく先送りしたまま、日韓国交正常化が実現しました」(吉澤文寿氏)
Q. 請求権を巡って両国の意見が食い違う場合、どうしたらいいのか?
「請求権協定の第三条では、『まず外交上の経路を通じて解決し、それができなかったら第三国を交えた仲裁委員会を開く』と取り決めています。
日本政府は韓国大法院の判決が下された当初、韓国が請求権協定違反をしているとして国際司法裁判所(ICJ)へ提訴する可能性を示していました。そこには補償を求める動きを封じ込めたい意図があるのでしょう。
協定の解釈を巡って起きた紛争であれば、まずこの第三条に則った手続きが取られるべきです。2019年1月に日本政府は協定発効後初めて政府間協議を韓国政府に要請しましたが、それでも解決しなければ、ICJへの提訴ではなく、仲裁委員会を設けて解決策を探るべきです」(吉澤文寿氏)
「なお、韓国政府も慰安婦問題などについて以前、政府間協議を日本政府に要請したのですが、日本政府は要請に応じなかった、ということがありました」(殷勇基氏)
Q. なぜ対立が激しくなるのか?
「時に殴られたり食事を抜かれたりするなどの過酷な現場で、命の危険性がある労働をさせられてきた徴用工の問題は日本の企業と朝鮮人労働者における、人権問題なのです。それを日韓のナショナリズムの問題として捉えるから、感情的な対立が生まれるのではないでしょうか。
植民地支配への責任を問う動きは韓国だけでなく、01年に南アフリカで行われた『ダーバン会議』で議題になったり、イギリス統治下のケニアで起きた独立闘争『マウマウ団の乱』で弾圧された人たちの遺族に対して13年にイギリスが補償金を支払ったりと、21世紀に入り顕在化しています。今後は更に世界中で問われていくと思います」(吉澤文寿氏)
Q. 今後この問題の解決のためにはどうしたらいいのか?
「新日鉄住金が韓国大法院判決に従わず賠償金を支払わなかった場合、今後同社の海外資産が差し押さえられる可能性もあります。ただ、差し押さえはあくまで手段だと原告側は言っているようです。違法な行為への被害としてお金を払う場合は『賠償』金になりますが、『見舞金』だと法的責任が認められないことになってしまいます。
被告となった企業は被害者をどれだけ悲惨な目に遭わせたかを思いおこし、(1)『何年何月どこどこで、こういう事実があった』というようなかたちでキチンと加害の事実の認定をしたうえで(事実認定)、(2)賠償として支払をするなど法的な責任を認めて謝罪し(法的評価)、(3)さらに被害者が受けた悲劇について将来世代への教育を約束する(将来教育)、という3点を踏まえてほしいと思います。
また日本のメディアは『国別対抗戦』『パンドラの箱を開けた』という方向からのみ問題を捉えるのではなく、過去の人権侵害・不正義を解決する作業を共に行うことによって両国関係の平和の基礎をも固くする『鎮痛へのプロセス』という面からも問題を理解してもらいたいと思います」(殷勇基氏)
「徴用工として働かされた人たちは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)にもいるものの、日本は現在まで北朝鮮との間で何も協定を結んでいません。だから韓国だけではなく、北朝鮮在住者からの訴訟提起もあり得ない話ではないでしょう。被害者は皆高齢ですから、賠償金の支払いは急がないとならない。しかしそれ以上に、日本側が加害の事実を認定することが大事だと思います。
慰安婦被害者に1995年に支払われた『アジア女性基金』も、2015年の日韓合意での『見舞金』も、賠償金ではありませんでした。お金を支払ったことに対して『日本はよくやっている』と見る人もいますが、これはお金ではなく過去の植民地支配をめぐる戦争責任の問題なのです」(吉澤文寿氏)